もし、もう一度やり直せたら③

ガバッと起き上がって周りを見回す。
 

リュックを抱えて居眠りする青年。

 

パソコンとにらめっこする司書。

頭を寄せあってクスクスと笑う女の子たち。
 

「マジで…戻ってる。」
 

全部、昨日見た風景だった。
 

夏希はスマホをつけて時間を確認した。
 

17:22
 

飲み会は18:00からのはずだ。大学から15分程度で着く居酒屋が予約してあった。

 

あと40分…。

 

「飲み会、行かないほうがいいかな…。」
 

夏希は、遼との電話を思い出した。

この飲み会に行かなければ、喧嘩にならなかったかもしれない。
 

LINEの画面をひらき、サークルのチャットを呼びだす。
 

-絶対夏希遅れるだろwww

 -遅れたら罰金www

 -愛しの遼と電話なうww

             うるせー笑笑-
 

昨日のやり取り。

 なんだか、コントを見ているみたいだ。

 台本の決まったコント。

 台本通りに進んだら、遼と別れなければならないコント。
 

-ごめん!!!!まじで二日酔いしてるから今日はパスする!!
 

一気に打ち込んで、送信した。
 

…これで、大丈夫。私は遼と別れなくてすむ。

 

ピロン!
 

スマホの画面が光る。
 

-まじかよおおおおお

 -また今度のみ行こ!
 

ああ…何だか胸が痛むな。
 

画面を下にスクロールして遼とのLINEをひらいた。

 

-今年は忙しいからあんま会えないよな

               寂しい?-

 -寂しくないwww

               寂しいくせに笑-

 

この時、楽しかったよな…。

 

夏希は、思い切って通話ボタンを押してみた。

 

「……あ、もしもし。」

 「夏希。珍しいじゃん、どした?」
 

そういえば、話すことなんて何も考えてなかった。
 

「夏希?おーい?」
 

なんで、電話したんだっけ。
 

「夏希?」

 「…あの、なんていうか。電話かけてみた…。」
 

私、何言ってるんだ。
 

「なにそれ(笑)…久しぶりじゃん、そういうの。」

 「そうだっけ?」

 「最近、夏希が飲み会ばっかで、俺少し寂しかった(笑)」
 

あ…。
 

「…ごめん。」

 「なんか今日は妙に素直だな(笑)」

 「なんていうか、私は遼とこれからも一緒にいたいと思って…。」
 

遼の声が途切れる。
 

「あの、だから…。最近、飲み会ばっかりで、悪かったなって…。」

 

少しの間、沈黙があった。

 

「夏希、ありがと。そう思ってくれてたなら、嬉しいよ。」

 「…うん。」

 

「でも、俺も…夏希に話さなきゃいけないことがある。」

 

つづく

 

もし、もう一度やり直せたら②

「俺たち、もう無理だと思うんだよね。」
 

遼の言葉が理解できなかった。

 

オレタチ、モウムリダトオモウンダヨネ…?

 

「3年も一緒に居て、電話で終わらせたくなかったけど…もう別れよう。飲み会責めたのも、うんざりさせたのもごめんな。今までありがと。」
 

電話が切れる音がした。

 

音のしなくなったスマホを耳に押し付けたまま、家に着いた。
 

そのままベッドに倒れこんだら、涙がとめどなく溢れてきた。

 

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いつも、手遅れになってから気が付くことが多かった。

 

昨日の出来事を頭の中で繰り返しながら、夏希はつま先で砂を押し潰した。
 

靴の下で、砂粒がメリメリと音をたてる。

 

もし、もう一度やり直せたら、絶対にあんなこと言わなかったのに…

 

ぼんやりと地面を見つめていると、いつの間にか現れた黒猫が夏希の足にすり寄ってきた。
 

「黒猫って、不幸になるんだっけ。」
 

ふと、そんなことを口に出してみたら、黒猫が顔をあげた。
 

責めるような、黒い瞳と目が合う。

 

「不幸になったのは御自分のせいでしょう。」

 

突然、猫が喋った。

 


猫が、喋った…?
 

慌ててブランコを引いたけど、逃げられない。

 

「皆さん、揃いも揃って同じ反応をしますよね。まあいいんですけど。それより、あなたずっとやり直したいって考えていたでしょう?」
 

猫が、すくっと立ち上がる。

 

「一度だけ、やり直させてあげましょうか?」

 

吸い込まれてしまいそうな深い瞳が、夏希をじっと見つめた。
 

「…。」
 

なにも言葉が返せない。
 

猫があくびをした。
 

「貴方以外にもね、沢山待ってる人がいるんですよ。早くお返事頂けないと次の人に…

 

「や、やり直します!」
 

相手は猫だ。

 

でも、もしもう一度チャンスをもらえるなら、猫の手を借りてでもやり直したい。

 

そしたら絶対に遼を傷つけるようなことは言わないし、振られるようなマネはしない。昨日、後悔したことを全部やり直したい。

 

猫がニタァッと笑った。

 

「それでは、やり直させてあげましょう。すべて、貴方次第。」

 

急に目の前で火花が散ったかと思うと、夏希は大学の図書館に居た。

 

もし、もう一度やり直せたら①

もし、もう一度やり直せたら…

そんな風に考えたことはありませんか?


『ある女子大生の話』

「もし、もう一度やり直せたら、絶対にあんなこと言わなかった。」

誰もいない公園で、一人ブランコを揺らしながら市原夏希は溜め息をついた。

3年付き合っていた岩瀬遼と別れたのは昨日のことだった。いや、別れたというより拒絶されたと言った方が合っている気がする。


そもそもの原因は夏希だった。

大学3年生の夏を前に、夏希の所属するテニスサークルは今まで以上の盛り上がりをみせていた。

他サークルとの引退合戦に向けて、連日朝からテニス漬けだった。夕方には、練習メンバーで飲み会があり、時には酔い潰れてメンバーの家で目が覚めた。

それが遼には気に食わなかったらしい。

「サークルに文句を言うつもりはなかった。でも、最近泊まり過ぎじゃね?」

終電で、やっと最寄りの駅に着いた時、遼から電話がかかってきた。今日は帰るとLINEしておいたから、たぶん夜道を心配して電話してくれたのだろう。

「遼ちゃん、電話、かけてくれたの?優しいねぇ!」

お酒が抜けていなくて頭がフワフワする。

「夏希、酔いすぎ。」
「全然酔ってないよぉ。」
「飲み過ぎでしょ。いつもそんなに飲んでるわけ?」
「今日は、そんなに、飲んでない!」
「あっそ。」

あれ、なんだか遼が怒ってるみたい。

「え、なに。遼、怒ってるの?」
「別に。」
「なんで?飲み過ぎたから?」
「別に怒ってないから。」
「怒ってるじゃん。飲み会のせい?」
「飲み会のせいっていうかさ…夏希、最近そればっかじゃん。」

なによ、せっかく楽しい気分で帰って来たのに。
今、お説教なんてされたくない。

「遼は私が飲み会に行くのが嫌なの?飲み会ばっかりっていうけど、どこもそうだよ。遼はサークル入ってないから分かんないかもしれないけど。」

遼は黙ったままだ。

「正直、飲み会の度に文句言われたら、私だって嫌な気分だよ。一人の時間をどう使ったってお互いの自由でしょ?それなのに、遼は私を束縛しようとする。」

お酒が回ってたから。
頭がフワフワしてたから。
遼が何も答えなかったから。

言い訳ならいくらでも浮かぶ。
気が付いたときには、
「遼のそういうとこ、うんざりするんだけど。」
思ってもない言葉が出ていた。


つづく